きりんログ

-愛と青春と声豚の記録-

「花火」と「想い」の話

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(きりん・撮)

 

2018長岡まつり大花火大会に参加してきました。

元々新潟は私の生まれの場所で祖父母の家もあることから、私にとっても馴染みの場所。

今回は、長岡まつり大花火大会での「花火」を見て思ったことを書いてみました。

 

みなさんは花火を見て何を感じますか?

「綺麗だな」「迫力あるな」

などなど。

 

私も夏の夜空を彩る催し物のひとつ程度に花火を捉えていました。

しかし、長岡花火に込められた思いを知る内に、「花火の尊さ」と「花火にかける人々の想いの強さ」みたいなものを感じました。

 

長岡花火の名前を聞いたことがある人も多いかと思いますが、日本三大花火に数えられるくらい有名な花火大会です。

打ち上げられる花火の数も大きさも、会場のスケールも何もかもが規格外です。

でも、長岡花火が他の花火大会と異なるのは、花火に込められた人々の想い。

 

長岡の花火は大曲・土浦と全く異なり「花火を競う」のではなく、長岡空襲や中越地震中越大震災など、戦争や相次ぐ自然災害といった慰霊・復興を祈念するための花火大会ということである。このため、東日本大震災が発生した2011年8月の長岡大花火大会も、全国では花火大会が相次いで自粛されるなかで「慰霊と復興を祈念する花火であるから自粛する必要は全くない」として、例年通り開催された。

長岡まつり - Wikipedia

 

その中でも平原綾香さんの「Jupiter」に合わせて打ち上げられる「フェニックス花火」は見応えが凄い花火ですが、復興への強い祈りが込められています。

 

フェニックス花火の打ち上げは、大震災に負けずに頑張っている中越地方をはじめとする新潟県全体の大勢の人々を元気付けるために、また、一日も早い復興を祈願して、世界一の誇れるような壮大な花火を打ち上げたい、という思いからスタートしました。

新潟県長岡市 復興と感謝のシンボル【復興祈願花火フェニックス】

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「13 長岡花火 7 「フェニックス」」の夜景壁紙・写真|teru_yakei


最後にフェニックスが羽撃くように大きな花火が夜空を埋め尽くす様子は、人々の平和への祈りが広がっていくようで見ているだけで涙が出てきます。

 

この他にも企業や一般の人達が有志を募って打ち上げる花火があるのですが、部活の大会で全国進出した際の戦勝祈願があったりと、さまざまな人の想いが花火には込められているのだなと感じました。

 

そう思うと普段何気なく見ていた花火が尊く見える気がしてきました。もちろん全ての花火がそうではないのかもしれませんが、人々の平和への願いや誰かへの想い、花火を打ち上げる人の気持ちなどが込められているのかもしれません。

 

よく花を贈る時に花言葉で花の種類を選んだり、自分が伝えたい感謝の気持ちなどを花に乗せてプレゼントをするかと思いますが、まさに花火も夜空を彩る火の「花」というだけあって、人々の想いが詰まっているのだなと思いました。

 

ものごとの裏側にある人々の想い。それを少しでも感じ取ろうとするだけで色々と理解できること、見え方が変わってくるものがあるのではないのでしょうか。

 

そんな説教臭いことを考えながら、酔っ払った従姉妹と母親の腕を無理やり引っ張って帰路に就きつつ、田舎っていいなぁなんて思いながら帰ったのでした。

 

おしまい。

 

8/18追記

花火大会の最後には観客全員で花火師の方に光で感謝を伝えます。これもまた良き。

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(きりん・撮)