舞台『勇者セイヤンの物語〜ノストラダム男の大予言〜』を見て思ったこと
爆走おとな小学生さんの舞台『勇者セイヤンの物語〜ノストラダム男の大予言〜』の感想です。
勇者セイヤンの物語(仮)はDVDで1回視聴、(真)は観劇できていないので、前作がこうだったから今作はこう!っていう感想は難しい!!
なので、シンプルに舞台を見て思ったことを吐き出していきます。
あらすじ
運命の人を探しに旅をしている勇者セイヤン
ソウコと名乗る少女とぶつかり恋に落ちる
ソウコの生息地はマカロニア王国
マカロニ王子とマカロン王女は対立し
内戦による武力紛争が絶えず起きている
争いを止める為立ち上がるセイヤン
そこに1人の少年が現れた“勇者パラドックスニヨリ「恐怖ノ○○○○」ガ現レタ.
アナタハ世界ヲ救イマスカ.”▶ s a v e o r d e l e t e ?
「俺の名前は勇者セイヤン、運命の人を探しに旅をしている!」
さすらいの勇者セイヤンは冒頭から運命の人・ソウコに出逢い、いきなりこの物語のゴールは達成される。
彼女は何を隠そう進化して人語を喋れるようになった人型のおじぎ草。セイヤン曰く「ヒロインは可愛ければ何だっていい。」
彼女の仲間の植物たちにも出逢い、セイヤンは森には植物の社会が広がっていることを知る。
一方その頃、マカロニア王国では内乱が起こっていた。
後々明かされるのだが、この内乱の正体は些細なボタンの掛け違いによるもの。
玉座を狙う大佐の謀略も絡み合い、大きな火種となって対立構造が生まれたのだ。
その対立の余波は、植物たちが暮らしていた森にまで拡がる。
森に住む植物たちの人間への蜂起も重なり、対立構造は三つ巴に発展。
更に厄介なことに世界では地震が多発し、天変地異に見舞われることになる。
セイヤンは植物たちやマカロニア王国の人たちの話を聞きながら、ある時に自分と同じく「勇者セイヤン」と名乗る勇者に出逢うのだが、実はその天変地異の正体こそが勇者が世界に二人存在してしまっていることだったのだ。
「勇者パラドックス」。
3000年前にも起こったと言われる世界が一度破滅へと向かったできごと。
プログラムのバグにより主人公である勇者が二人生まれてしまったことにより、世界に歪みが生じてしまっていたのだ。
そして、セイヤンはそこで自分の本当の正体を知ってしまう。
そう、彼は本物の勇者セイヤンからコピーされた偽りの存在だったのだと。
その事実を知り、塞ぎ込むセイヤン。
真の勇者セイヤンはコピーをデリートしようと彼を探し回る。
一方で、天変地異に見舞われ続ける世界。
それぞれの思惑が交錯する王国の内乱と植物たちの蜂起。
その最中、3000年前も現れたという恐怖の大王「オジサン」が遂に姿を現すのだった。
オジサンに立ち向かうも人知を超えた圧倒的な力に為す術もなくねじ伏せられるセイヤン(真)や王国の人々たち。
そこに現れたのが、本物から作られたコピーのセイヤン。
彼はソウコも同じバグから生まれた存在だという事実を知りながらも、彼女と会話を重ねる内に勇者としての本分を思い出す。
「勇者とは、誰もが恐れる困難に立ち向かい偉業を成し遂げた者、または成し遂げようとしている者」(Wikipedia参照)
セイヤンの争いを止めようとする声に呼応するように、植物たち、王国の人々はやがて争いを辞めて一致団結するようになる。
そして、そこでオジサンからこのゲームはエンディングを迎えることを告げられる。
そう、この天変地異はオジサンが自ら勇者パラドックスを引き起こして生んだものであり、人や植物たちが本当の意味で手を取り合うために引き起こしたものだったのだ。
人々が手を取り合うのを見届けたオジサンは姿をくらませる。
マカロニア王国には再び平和が取り戻されたのだ。
それでもセイヤンは、自分が存在していてはプログラムに歪みが生じ続けることを知り、自ら「データの向こう側」に旅立つことを決める。
そして、彼は冒険の続きを託す。真の勇者セイヤンに。
真の勇者セイヤンは声高に叫ぶ。
「これは俺たち二人の物語、『勇者セイヤンの物語』だ!!」
ソウコと共にデータの向こう側に旅立ったコピーセイヤン。
暗闇の中、光に浮かぶのはセイヤンとソウコは二人きり。
セイヤンは自分が生まれなければソウコも生まれずに辛い思いをしなくても済んだのにと謝罪をするものの、ソウコはそうじゃないと言う。
自分はセイヤンと出逢うために生まれてきたのだと。
そして続けて彼女はセイヤンにこう告げる。
「私は、貴方だけのヒロイン。そして貴方は、私だけの勇者さん。」
暗い世界の中、二人だけを残して光は消えてゆく。
そして浮かび上がるのは、このゲームがエンディングを迎えたことを示す文字。
✨GAME CLEAR✨
『勇者セイヤンの物語』は、これにて完結したのだった。
感想
単刀直入にセイヤン楽しかった~
相変わらず小ネタが散りばめられていたり、小笑いから爆笑できるところまで盛り沢山なので、見ていて飽きませんでした。
キャラクター達も個性豊かで全員が愛らしくなる。
その癖人間臭さが満載なのもいいですね。
そして内紛の正体も実は恋心とかそれぞれの思惑とか些細なボタンの掛け違いであるものが多くてそれも風刺的だったんじゃないかなと感じました。
「植物たちがもしも意思を持ってたら」というところも面白かったし「人間と自然」は「ゴリラ-GORILLA-」にも通底するテーマだなって。
植物の中にも社会があってママカーストとかがあるのも面白かったよね。
植物を通して人間社会の縮図が描かれているようで。
何も考えなくても楽しめるのがやっぱりエンタメの魅力!
しかし、やっぱり気づけばおとな小学生の舞台はやはり色々と考えさせれている。
脚本・演出の光大さんが言ってる
"世界中の誰もが笑顔になれる世界"
というテーマ。
それについても考えさせられたのだけど、自分が一番考えさせられたのが「本物とコピーの違いって何だろう」っていうこと。
仮でも真でも主人公だったセイヤンが実はゲームのバグから生まれた勇者のコピーでしたという衝撃的なオチでこの物語は締め括られるのだけど、自分の目には本物のセイヤン以上に彼が主人公に思えたし。
そして、彼がコピーのまま一生を終えるのは何か悲しいと思ってたのだけど、そんな彼に同じコピーであるソウコが寄り添っていったのは何だか救いがあった。
「私は、貴方だけのヒロイン。そして貴方は、私だけの勇者さん。」
そのシーンの後「GAME CLEAR」と最後に出るのだけど、やっぱこの物語はコピー勇者が自分の正体を知るだけのBAD ENDじゃなくてその先にある本当に大切なものに気づくHAPPY ENDだったんじゃないかって。
だって、劇中のセイヤンとかソウコを見ていると決してコピーには思えないんだもん。
なんでかなって自分の中で考えてたけど、それはやっぱり彼と彼女にはハッキリとした「意思」があるからなんじゃないかなと思った。
前々作の『こっちにおいで、ジョセフィーヌ』に通じることだと自分は思ったけど、「本当の母親って何だろう」って考えた時に形式的な血の繋がりよりも大切なのがその子のことを思う「気持ち」とか「愛」なんじゃないのかなって。
そう考えると二人の間にはその両方があったし、確固たる意思があった。
結局先程の加藤さんが掲げるテーマに帰結するのだろうと思ったけど、勇者なのに不格好で女好きなセイヤンにも
「世界中の誰もが笑顔になれる世界」
を作りたいという強い想いが確かにあった。
そして、もうひとりのコピーであるソウコも塞ぎ込むセイヤンを奮い立たせていたし、
「コピーと言う名の哀しい運命を背負っている貴方を孤独にさせない為に私は貴方のそばにいるの」
「貴方は一人ぼっちの私を救ってくれた私だけの勇者さんよ」
と、愛を語ってくれたし。
(彼と彼女の呼びかけによって一番幼い「草3」が本当に大切なことを大人たちに伝えて世界が変わっていく様子も希望があってよかった!)
そう考えると、本当に大切な想いとパートナーを持ち続けている二人の姿が眩しく思えるし、そこには確かにコピーという形式を超えた確かな人格が存在していて。
”生きる”ってそういうことなのかなって。
つまるところ、セイヤンとソウコ、あんたたち間違えなく主人公だよ!!!
という少々雑なまとめ方で締めくくりたいと思います。まとめるのって難しい。
でも私自身世の中で一番大切だと思っていることが「愛(恋愛的な愛だけじゃなくて誰かを大切に思う気持ちとか何かを大事にする想いとかも含めて)」だったので、とても腑に落ちるエンディングでした。
そんなことを常日頃から思ってるからこそ「本物とコピーの違いって何だろう」っていうことを私自身考えていたのかもしれません。
世界は救えないかもしれないけどまずは身近なところに思いやりを向けるところから。
自分の中に確かな想いを持つところから。
それが拡がればやがて何か大きいことが変わっていくのかな。
セイヤン大千穐楽終了!「GAME CLEAR」としてシリーズ無事に完結したことの喜びと、まだ終わって欲しくない、まだまだ続編を見たいという気持ちがたくさん。本当に心に響く素敵な作品でした!#勇者セイヤン
— きりん (@ayarieshon) July 29, 2018
セイヤン見れば見るほど好きになっていったなぁ…笑顔だけじゃなくて涙もあるけど、あの世界観が好きだからずっと浸っていたい。#勇者セイヤン
— きりん (@ayarieshon) July 29, 2018
本当セイヤンの続き見たいな~と贅沢な願望を言ってみる。
仮と真を見れてないので再演をノゾム。
やっぱり大千穐楽の景色は本当に好きだなぁ…キャストがお互いを讃え合うように抱き合いハイタッチを交わし合い、笑顔で大団円を迎える光景はいつ見ても素敵以外の何物でもない✨#勇者セイヤン
— きりん (@ayarieshon) July 29, 2018
大団円では敵同士の殺陣の中にもカンパニーお互い称え合うような表情と笑顔と涙が見られてやっぱり舞台って素晴らしいなという想いをこの作品から感じました。
お客さんが総立ちで拍手が鳴り止まなかったのもこの作品が多くの人の心に残る作品になったことを物語ってると思います。
ひなひなファンとして山田さんをやっつけた松本くんは心から好きになれなかったけど、この勇者セイヤンのオジサン役で山田裕太さんのことが大好きになりました🙋♂️#勇者セイヤン
— きりん (@ayarieshon) July 29, 2018
そして、山田裕太さん最高でした!
松本くん(実は嫌いじゃない)の悪評も払拭です!!
松本くんと言えばしょとろいの感想も書いているので是非(終わり)